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737 ⇒返信する
2011/11/06 01:58
菖蒲和弘 [] []

明治23年、熊本産の「べースビール」
明治23年、東京の上野公園で第3回内国勧業博覧会が開催された。26道府県から83点の国産麦酒(ビール)が出品されている。その内、次の麦酒(ビール)が受賞した。
<三等有効賞>恵比寿麦酒(東京)・浅田麦酒(東京)・櫻田麦酒(東京)・麒麟麦酒(神奈川)・札幌麦酒(北海道)
<褒状>利根川麦酒(東京本郷根津、流芳社)・上菱麦酒(茨城県鳩崎、関口八兵衛)・べースビール(熊本)
 受賞中で、褒状を受賞した利根川麦酒・上菱麦酒・べースビールはすべて地方の麦酒である。べースビールは熊本県なのであるが、会社工場の所在地・経営者については何ら分かっていない。



 
 
736 ⇒返信する
2011/11/02 23:02
阿讃 [] []

参考になりました
 私は「近代辞令書」コレクターとでもいうような者です。この度入手した辞令の主が「九州製紙⇒樺太工業⇒王子製紙」と転職しており、樺太迄行ったのかと思っていたら、その一枚に「樺太工業坂本工場(昭和5年)」とあり検索したところ、この工場が熊本にありながら社名が変遷した事実を知りました。そしてさらに詳しく知ろうとして辿り着いたのがこちらでした。
 思いがけずも「辞令の主の職場跡」を目にすることができ感慨深いものがありました。こうして昔へ思いを馳せるのがなによりの楽しみです。さらなる「報告書」を楽しみにしております。



 
 
734 ⇒返信する
2011/08/05 00:24
菖蒲和弘 [] []

大正・昭和初期の有限責任電気利用組合について
 これまで掲示板に投稿したコメントや、公文書などの記録記事を中心にした、(仮称)『熊本縣発電所沿革小史−明治大正昭和初期篇−』を作成しています。
 その中に、「有限責任電気利用組合」があります。まだまだ史資料・文献ともに少ないですが、一部紹介しておきます。
@有限責任四浦電気利用組合、球磨郡四浦村、大正13年12月開業、水力、2、5、58人
A有限責任満願寺利用組合、阿蘇郡小国村、大正14年2月開業、水力、8、116人
B有限責任尾崎電気利用組合、球磨郡山江村大字山田、大正14年2月開業、水力、2、28人
C有限責任産山電気利用組合、阿蘇郡産山村、昭和2年3月、水力、85人



 
 
707 ⇒返信する
2011/05/01 03:41
菖蒲和弘 [] [E-mail]

電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所
管理人のゴン太さま

コメント、メールありがとうございます。
サイトの報告書興味深く読ませて頂きました。知らなかった史実には驚かされます。
ところで、電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所があります。例えは、@002深水発電所A014日窒鏡工場跡です。
最近、明治・大正期、熊本県内で自家発電所を所有していた会社工場を調べてみました。参考までに、必要事項を整理して、紹介します。
電気事業者から受電している会社工場もありますが、、、。

■■九州製紙株式会社■■
上求麻工場〈熊本県八代郡上松求麻村2623番地〉・下求麻工場〈熊本県八代郡下求麻村〉・八代工場〈熊本県八代郡太田郷村〉、製粉、灯力、明治31年5月3日熊本逓信局許可、明治31年10月25日開業、@第1発電所(汽力)A深水発電所(水力)B鮎帰発電所(水力)C熊本電気株式会社ヨリ受電

■■日本窒素肥料株式会社■■
鏡町工場〈熊本県八代郡鏡町〉松高村採石場〈熊本県八代郡松高村〉水俣工場及堤防ノ部〈葦北郡水俣町〉延岡工場〈宮崎県東臼杵郡恒富村〉、窒素肥料製造、灯力電化、大正2年11月21日熊本逓信局許可、大正2年12月24日開業、@白川発電所(水力)A内大臣発電所(水力)B川内川発電所(水力)C緑川発電所(水力)D栗野発電所(水力)E五ケ瀬川電力株式会社ヨリ受電F熊本電気株式会社ヨリ受電、電気事業準用事業

■■日本セメント株式会社■■
八代町工場〈熊本県八代郡八代町■馬1885番地〉
、セメント製造、灯力、大正3年4月1日熊本逓信局許可、大正3年4月23日開業、@州ノ岬発電所(汽力)A甲佐発電所(水力)B熊本電気株式会社ヨリ受電

■■株式会社電熱工業所■■
<事務所:熊本市仲間町91番地>、〈工場:熊本県飽託郡春竹町大字八王寺13番地〉、科学工業品製造、灯力、大正8年5月3日熊本逓信局許可、大正8年5月28日開業、熊本電気株式会社ヨリ受電

この中には、聞き覚えのない発電所があります。そして、現在、廃業あるいは解体されていて、その存在すら分かりません。
熊本県の近代産業は、まさに電力化、機械化によって発展したと考えています。今後、企業(会社工場)の歴史とそこの産業遺産を記録する、ことが求められている、と自問しています。


 
 
712
2011/05/02 23:54
菖蒲和弘 [] []

電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所(2)
管理人のゴン太さま

前回紹介した、電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所の続編です。ほとんど、その形跡は残っていませんが・・・。近代産業の中で、自家発電所の存在をどのように捉えるかが、今後の課題ですね。
電気事業者、会社工場経営者が発電事業を興す場合、逓信省電気局または九州地区を管轄する熊本逓信局に届出、許可を得なければなりません。
ところが、許可・開業(運転開始日)年月日が、逓信省電気局・熊本逓信局では違っているのです。この混乱は、「九州電力」・「国土交通省」ホームぺージでも同じです。どこでどうなっているのか・・・。
根拠・出典を明記して頂ければ、正すことができるかも知れませんが。

■■熊本縣立熊本病院■■
熊本県熊本市本庄町、燈力、明治32年2月3日熊本逓信局許可、明治35年9月29日開業、病院構内発電所、汽力

■■九州総療養所■■
菊池郡合志村、燈力、明治42年5月6日熊本逓信局許可、明治42年6月30日開業、療養所内発電所、汽力

■■熊本縣立工業高校■■
熊本市大江町、燈力実験用、大正2年12月15日熊本逓信局許可、大正3年5月29日開業、学校構内発電所、汽力

■■帝国セメント株式会社天草工場■■
事務所:熊本市紺屋町4番地、天草工場:天草郡姫戸村大字姫ノ浦字大迫及鷺巣、セメント製造・燈力、大正7年9月28日熊本逓信局許可、大正7年10月28日開業、天草工場発電所、汽力

■■山長発電所■■
球磨郡久米村字幸崎川539の2、燈力、大正9年8月118日開始、山長発電所、汽力

■■丸山自動車工場■■
熊本市紺屋今町37番地、自動車業・蓄電池充力、工場内発電所、熊本電気株式会社ヨリ受電

■■天草澱粉株式会社■■
天草郡亀場村字亀川16番地、澱粉製造・燈力、大正10年11月3日開始、工場内発電所、天草製紙株式会社ヨリ受電

■■御船鉄道株式会社■■
事務所:熊本市春竹町975番地、御船駅:御船町、鉄道充電、大正11年5月31開始、御船駅構内発電所、熊本電気株式会社ヨリ受電

■■五木鉱山合資会社■■
事務所:大阪市南区順慶町通2丁目50番地、五木鉱山所:球磨郡五木村、代表者:増木定三郎、採鉱・燈力、構内発電所、水力

■■第六師団■■
熊本陸軍所轄地内部隊、電燈・電力、明治42年3月19日熊本逓信局許可、明治42年4月28日開業、師団内発電所、汽力



 
 
713
2011/05/02 23:55
菖蒲和弘 [] []

電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所(3)
管理人のゴン太さま

前回紹介した、電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所の続編です。今回は、大正期の電気軌道についてです。

■■菊池軌道株式会社■■
熊本県菊池郡隈府町、代表原田隆升、主任技術者橋本吉兵衛、鉄道、第1発電所、水力、迫間川、大正11年2月24日熊本逓信局許可、大正12年8月1日開業

■■熊本市■■
熊本市、代表市長高橋守雄、主任技術者金藤勝熊、鉄道、熊本電気株式会社ヨリ熊本市ニテ変電所ニテ受電、大正11年5月4日熊本逓信局許可、未開業、大正11年5月熊本電車株式会社ニ事業許可セラレタルヲ、12年3月熊本市ニ譲渡シ

■■熊本電気軌道株式会社■■
熊本県飽託郡日坪野村大字田崎、代表大川平三郎、主任技術者大原雅一、鉄道、熊本電気株式会社ヨリ田崎変電所ニテ受電瀬、大正11年6月19日熊本逓信局許可、大正12年10月1日開業


 
 
729
2011/05/05 17:16
菖蒲和弘 [] [E-mail]

九州製紙株式会社「五木発電所」
管理人のゴン太さま

九州製紙株式会社、いや西日本製紙株式会社鮎帰・深水発電所については、ゴン太さまが既に紹介しておられます。しかし、五木発電所については言及がありません。
5/1付、【707】電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所の中で、九州製紙株式会社については、次の通り紹介しました。
■■九州製紙株式会社■■
上求麻工場〈熊本県八代郡上松求麻村2623番地〉・下求麻工場〈熊本県八代郡下求麻村〉・八代工場〈熊本県八代郡太田郷村〉、製粉、灯力、明治31年5月3日熊本逓信局許可、明治31年10月25日開業、@第1発電所(汽力)A深水発電所(水力)B鮎帰発電所(水力)C熊本電気株式会社ヨリ受電

ここでは、まだ五木発電所については記載はありません。大正14年以降になってようやく登場してきます。

◇五木発電所、球磨川系 五木川及深水川、取水口第1球磨郡五木村中村・第2球磨郡五木村字中谷原古山・第3球磨郡五木村字下間谷、放水口球磨郡五木村字生名子組字中谷原、水量12立方尺、落差1、280尺、馬力1、742、00、目的製紙原動力、発電所名五木、発電開始大正10年5月10日、事業者名九州製紙株式会社

ここで注目すべきは、大正10年に深水発電所が竣工したことです。おそらく、五木発電所と同時期に発電開始したのでしょう。


 
 
730
2011/05/05 17:57
菖蒲和弘 [] [E-mail]

九州製紙株式会社「五木発電所」(2)
管理人のゴン太さま

5/5付、【729】九州製紙株式会社「五木発電所」の中で書き忘れたことがありました。
ゴン様の報告書では、鮎帰発電所は明治42年竣工と記されています。
『熊本縣公文類纂』見ていたら、鮎帰発電所「大正3年8月発電開始」と。
五木発電所「大正8年許可」。
深水発電所「大正10年5月発電開始」という記事がありました。
『熊本縣統計書』と同じ年月です。
もっと詳しい史資料が、発見されればハッキリするのですが・・・。
当時の『熊本逓信局報』が、日本郵政株式会社郵政資料館に所蔵されています。何か、新出史料があるのではと期待しています。
まずは参考までに。


 
 
733
2011/05/16 01:24
ゴン太@管理人 [] []

五木発電所
これもまた興味深い発電所ですね。
九州製紙株式会社のレポートでは坂本に現存する発電所のみを取り上げ、取材もそこに絞ったために知りませんでした。(資料で目にしているかもしれませんが、覚えていませんでした。)
今度、国土地理院で大正時代の地図から水力発電所を見つけてみたいと思います。

鮎帰発電所の竣工時期ですが、熊本県の記録にある運転開始時期とは随分離れていますね。竣工が明治42年という典拠は会社(西日本製紙・十條製紙)側の記録です。しかし現在は施設台帳などは一切残されいないので、当時の公文書などに何か手掛かりがあればいいのですが。

いろいろと考えると、そもそも水利許可、工事認可、施設竣工、発電開始など、それぞれのステップの内容を詳しく知りたくなりました。当時も水利権の獲得に特に苦労があったとのことでその辺りを理解できると面白そうですね。



 
 
700 ⇒返信する
2011/04/24 11:58
菖蒲和弘 [] [E-mail]

チッソの合子俣発電所
現在、廃業しているため知られていない発電所が一つあります。それは、熊本県球磨郡山江村大字万江字合子俣にある、万江川を利用した「チッソの合子俣発電所」です。国土地理院発行の地籍図には、熊の原近くに「発展所・変電所」の記号が付いています。
現在は面影はありませんが、バス停留所名が「チッソ発電所前」。旧官舎跡が一般民家に転用されています。
周辺調査すると、色々と発見できるかも知れません。


 
 
705
2011/04/30 23:50
ゴン太@管理人 [] []

合子俣発電所
これまた貴重な情報をありがとうございます。
建屋は残っておらずとも、周辺施設などの痕跡は残って可能性はありますね。とても興味があります。

機会をみて周辺を見てみたいと思います。


 
 
731
2011/05/05 19:41
菖蒲和弘 [] [E-mail]

日本窒素肥料株式会社「万江川第1・第2発電所」
管理人のゴン太さま

「チッソの合子俣発電所」ではなく、正式名称は「万江川第1・第2発電所」でした。訂正しておきます。

■■日本窒素肥料株式会社■■
@万江川第1発電所、山江村万江、万江川、化学工業用、水量82、0方立尺、馬力3、604、00、大正13年水利使用出願中
A万江川第2発電所、山江村万江、万江川、化学工業用、水量154、0、馬力2、478、00、大正13年水利使用出願中



 
 
724 ⇒返信する
2011/05/04 13:10
菖蒲和弘 [] [E-mail]

絵葉書から見た熊本県の発電所
管理人のゴン太さま

5月の連休、雨の日。30年前に入手した「球磨川電気株式会社絵葉書」(10枚)を捜してみましたが、どこにしまい忘れたのか、見つけ出せません。
ただ、画像ファイルを整理していたら、熊本電気株式会社の絵葉書がありました。参考までに写真を紹介します。
今後、近代の産業遺産を絵葉書などで辿るのも面白いかも知れませんね。


 
 
725
2011/05/04 13:17
菖蒲和弘 [] [E-mail]

絵葉書から見た熊本県の発電所
管理人のゴン太さま

熊本電気株式会社の絵葉書4枚を投稿しましたが、失敗したようです。絵葉書の表のみしか紹介できませんでした。1枚ごと紹介した方がいいのでしょうか。


 
 
726
2011/05/04 13:30
菖蒲和弘 [] [E-mail]

絵葉書から見た熊本県の発電所 (2)
管理人のゴン太さま

やはり絵葉書は1枚ごと投稿できませんね。724・725の絵葉書は「熊本電気株式会社黒川発電所」です。
今回の絵葉書は、熊本電気株式会社変圧器室です。


 
 
727
2011/05/04 13:35
菖蒲和弘 [] [E-mail]

Untitled
管理人のゴン太さま 

今回の絵葉書は、726の絵葉書「熊本電気株式会社変圧器室」の表です。


 
 
728
2011/05/05 10:51
たぬ猫 [] []

おおー!すごいです!!
なんというか、ドキドキします。黒川発電所のには黒川と書いてあるから、変圧器室のは本山発電所なのでしょうね。33kVだったのか・・・。12台ということは3相交流で4回線かな?送電経路がとても気になります。また宿題が増えました。


 
 
723 ⇒返信する
2011/05/03 11:42
菖蒲和弘 [] [E-mail]

明治末、熊本県電気事業者と発電所
管理人のゴン太さま

何と言うことでしょうか(?)。8人の方から、続けざまに「明治時代の電気事業者を紹介して欲しい」とメールがありました。こんなに掲示板を見ているんだ、と驚いています。
私自身、明治期の史資料・文献はあまり所蔵していません。と言っても、実際は史資料・文献が現存していませんから・・。参考まで紹介してみます。
これでどうにか、明治・大正期、熊本県電気事業者が網羅できればいいですが・・。

■■株式会社熊本電燈所■■
熊本市紺屋今町、代表者浅野稔他8名、燈力、本山村発電所(汽力)、飽託郡本山村字北屋敷、明治22年12月17日熊本逓信局許可、明治24年7月1日開業、〈沿革〉明治26年11月「熊本電燈株式会社」と改称。明治30年3月飽託郡本山村に本社屋・発電所着工。明治31年1月本社屋・発電所竣工、4月発電・送電開始。明治35年8月熊本電燈所主長島芳二郎譲受、明治37年6月株式会社電燈所に譲渡。明治42年6月熊本電気株式会社に譲渡、廃業

⇒■■熊本電気株式会社■■
※本山村発電所(汽力、@明治24年7月1日A明治31年4月開業)・菊池川第3発電所(水力、明治42年2月24日)・黒川第1発電所(水力、明治43年2月28日)
■■熊本電力株式会社■■
熊本市、代表者黒野猪太郎、主任技術者樫木光太、燈力、立野発電所(水力)、菊池郡瀬田村大字立野、明治41年1月22日熊本逓信局許可、未開業

■■陸軍第六師団■■
熊本市熊本城内・熊本陸軍所轄地内部隊、電燈電力、師団内発電所(汽力)、明治42年3月19日熊本逓信局許可、明治42年4月28日開業

■■天草電燈株式会社■■
天草郡志柿村、代表者福田梅吉、主任技術者石本欽二、燈力、@牛深発電所(瓦斯)A瀬戸発電所(汽力)、明治44年11月25日熊本逓信局許可、大正元年11月7日開業、〈沿革〉明治45年4月本渡電燈株式会社を天草電燈株式会社と改称。明治45年5月牛深電燈株式会社の事業を譲受く

■■人吉水力電気株式会社■■
球磨郡人吉町五日町、代表者河合太兵衛、役員河合太兵衛・渕田満壽蔵・渕田熊一・日野辰次・坂内虎次・三木順次・木本京次郎、主任技術者小野辰太、燈力、@大塚発電所(水力)、球磨郡藍田村、明治45年4月25日熊本逓信局許可、明治45年7月会社設立、大正2年11月22日開業

明治時代、熊本県電気事業者による発電所は8ケ所です。電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所を含めれば、20ケ所前後あるでしょう。
今回、紹介できなかった史資料をもとに、『明治・大正期、熊本県の発電所資料』をまとめたいものです。



 
 
711 ⇒返信する
2011/05/02 19:17
菖蒲和弘 [] [E-mail]

大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(1)
管理人のゴン太さま

これまで3回にわたり、「電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所」について紹介してきました。さっそく、私宛に「肝心の電気事業者については紹介しないのですか」とのお叱りメールがきました。そのつもりでは無かったのですが・・。
とりあえず「大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所」を紹介することにします。必要事項を整理して、会社住所・代表者・主任技術者・目的・発電所名(河川名)・許可年月日・開業日・備考、という順序で記載しています。備考は、予備知識としての沿革史です。簡略しています。
ゴン太さま、しばらく、掲示板を使用させて頂きます。

■■熊本電気株式会社■■
熊本市紺屋今町、代表者紫藤 章、主任技術者與津幸雄、燈力、@黒川第1発電所(黒川)A黒川第2発電所(白川)B黒川第3発電所(白川)C菊池川第1発電所(菊池川)D菊池川第2発電所(菊池川)E菊池川第3発電所(菊池川)F菊池川第4発電所(菊池川)G菊池川番外第1発電所(菊池川)H津留発電所(笹原川・大矢川・緑川)I大井早発電所(緑川)J横野発電所(千瀧川、日本窒素肥料株式会社より松高村にて受電)、明治22年12月7日熊本逓信局許可、明治24年7月1日開業、明治35年8月、熊本電燈株式会社の事業を熊本電燈所主長島芳二郎が譲受け、37年6月長島芳二郎は事業を株式会社電燈所に譲渡、42年6月同事業を熊本電気株式会社に譲渡す

■■天草電燈株式会社■■
天草郡志柿村、代表者福田梅吉、主任技術者石本欽二、燈力、@牛深発電所(瓦斯)A瀬戸発電所(汽力)B第1水力発電所(大宮地川)C第2水力発電所(大宮地川)、明治44年11月25日熊本逓信局許可、大正元年11月7日開業、明治45年4月、本渡電燈株式会社を天草電燈株式会社と改称し、45年5月牛深電燈株式会社の事業を譲受く



 
 
716
2011/05/03 00:14
ゴン太@管理人 [] []

貴重な資料ありがとうございます
菖蒲さん

貴重な資料の書き込みをありがとうございます。

707番の「電気事業者ほかの会社工場附属自家発電所」の書き込みですが、その2、その3を一つのスレッドにまとめさせていただきました。
「返信」の機能を使うと同系の内容をひとまとめに出来ますので読みやすくなるかと思います。掲示板の構造上、レスなどが付きますと並びが変わりますので、返信の機能をご利用いただければと思います。

しかし明治・大正期の発電所をこれだけ挙げていただき嬉しい限りです。エリアか会社ごとに的を絞り、明治大正期の地図で今は無き発電所を探すのも面白そうだと思いました。それにしても汽力(火力)発電所がこんなにも多くあったとは、私としては意外といいますか驚きでした。


 
 
717
2011/05/03 00:17
菖蒲和弘 [] []

大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(2)
管理人のゴン太さま

前回紹介した、大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所の続編です。

■■濱町電気株式会社■■
上益城郡濱町、代表者江島永年、主任技術者柳屋湯佐祐、燈力、@日本窒素肥料株式会社より内大臣川発電所にて受電、大正3年7月7日熊本逓信局許可、大正5年11月12日開業

■■小国水力電気株式会社■■
阿蘇郡北小国村宮原、代表者松崎正紀、主任技術者記載なし、燈力、@九州水力電気株式会社よ宮原変電所にて受電A杖立発電所(杖立川)、大正4年9月27日熊本逓信局許可、大正5年10月18日開業

■■馬見原水力電気株式会社■■
阿蘇郡馬見原町、代表者山口三省、主任技術者松浦義雄、燈力、@下瀧下発電所(五ケ瀬川左岸湧水)、大正9年10月22日熊本逓信局許可、大正10年10月10日開業

■■山鹿水力電気株式会社■■
鹿本郡山鹿町、代表者高木三平、主任技術者松田藤太、燈力、@内田川第1発電所(内田川)、大正9年10月7日熊本逓信局許可、大正10年12月20日開業



 
 
720
2011/05/03 00:40
菖蒲和弘 [] [E-mail]

大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(3)
管理人ゴン太さま

「返信」機能を使ったスレッドの件、了解しました。(1)(2)の文字色が違っています。申し訳ありません。

■■北天草電気株式会社■■
天草郡富岡町、代表者松本久太郎、主任技術者竹下正雄、燈力、@第1上津深江発電所(下津深江川)A下山川発電所(瓦斯)B鳴瀬川発電所(鳴瀬川)、大正5年4月7日熊本逓信局許可、大正5年12月5日開業、上津深江予備発電所は大正13年8月7日附使用認可の際、76kwに制限す

■■佐敷水力電気株式会社■■
葦北郡佐敷町、代表者永田冬季、主任技術者松元清次、燈力、@日本窒素肥料株式会社より津奈木にて受電、大正6年2月16日熊本逓信局許可、大正7年9月6日開業


 
 
721
2011/05/03 01:22
菖蒲和弘 [] [E-mail]

大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(4)
管理人ゴン太さま

各電気事業者の許可・開業年月日は、熊本地方法務局所蔵「(閉鎖)商業登記簿」とほぼ同じです。ということは、許可日が会社設立日、開業日が(最初の)発電所の運転開始日となるようです。
しかし、開業日と運転開始日が違っているものがあります。この点、もう少し確認しなくてはなりません。

■■球磨川電気燈株式会社■■
球磨郡人吉町五日町、代表者坂内虎次、主任技術者山田義高、燈力、@人吉瓦斯第1発電所(瓦斯)A人吉瓦斯第2発電所(瓦斯)B大塚発電所(胸川)C大野発電所(大川間川)D湯元(矢嶽川)E白水瀧発電所(白水瀧川)F江代発電所(球磨川)G新橋発電所(球磨川)、明治45年4月25日熊本逓信局許可、大正2年11月22日開業、大正9年9月、人吉電気株式会社及び真幸電気株式会社を合併し、球磨川電気株式会社と改称す

■■日本窒素肥料株式会社■■
八代郡鏡町、代表者野口遵、主任技術者神原襄、燈力、@曽木発電所(川内川)、資本金は電気事業固定資本金とす。明治41年8月、曽木電気株式会社を日本窒素肥料株式会社と改称し、発電所出力は大部分を製造工業用に使用し、一部を供給に充ふ


 
 
722
2011/05/03 01:28
菖蒲和弘 [] [E-mail]

大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(5)
管理人のゴン太さま

「大正13年現在、熊本縣電気事業者と発電所(4)」で、脱落箇所がありました。追加して、再録いたします。

■■日本窒素肥料株式会社■■
八代郡鏡町、代表者野口遵、主任技術者神原襄、燈力、@曽木発電所(川内川)、明治38年3月3日熊本逓信局許可、明治40年1月17日開業、資本金は電気事業固定資本金とす。明治41年8月、曽木電気株式会社を日本窒素肥料株式会社と改称し、発電所出力は大部分を製造工業用に使用し、一部を供給に充ふ



 
 
710 ⇒返信する
2011/05/01 23:54
菖蒲和弘 [] [E-mail]

「一級河川における水力発電施設諸元一覧」について
管理人のゴン太さま

報告書の中で、参考文献として紹介された国土交通省サイトの「一級河川における水力発電施設諸元一覧(平成22年3月31日現在)」・九州地方整備局管内PDFを見ました。これって、とても貴重な資料ですね。
明治・大正期の逓信省電気局・熊本逓信局の記録と対比してみたら、九州地方整備局管内PDFの「当初許可年月日」がかなり違っています。中には20年近くも・・・。
「当初許可年月日」というのは、明治・大正期に逓信省電気局・熊本逓信局が許可した「許可年月日」を指していると思うのですが・・・。
一応、気になったので、国土交通省に問い合わせしています。回答が届くまで、時間がかかるでしょうね。


 
 
714
2011/05/03 00:00
ゴン太@管理人 [] []

「一級河川における水力発電施設諸元一覧」
確かに貴重な資料だと思います。このようなものがネットで簡単に手に入るなんていい時代になりましたね。
しかし「当初許可年月日」の違いはとても気になりますね。おそらく明治・大正期の記録が正確だと思うのですが、20年近くの違いは…。
国交省からの回答が気になります。



 
 
695 ⇒返信する
2011/04/21 08:31
たぬ猫 [Website] []

戦前の送電線
また寄らせていただきました。
1925年製の鉄塔に関するブログ記事がようやく一区切りまとまりました。調査の結果、いっそう謎が増えてしまったような・・・(苦笑)これからも続けて調べろってことですね。

途中で拾った情報なんですけど、世安の玉姫殿の裏にある日吉変電所。ここの建物も1925年に建ったものだそうです。ここには高瀬発電所から送電されてきていたのかなあと思ったりしてます。それを裏付けるかもしれない1926年製の鉄塔も見付けたんですが建て替え工事中でした。もう新鉄塔がほぼ完成していて移線工事に掛かっていたので、おそらく旧鉄塔は今月中には解体されてしまうのでしょう。


 
 
697
2011/04/23 16:55
菖蒲和弘 [] [E-mail]

1925年2月製の「南熊本人吉線」ってすごいですね
たぬ猫さま

こんにちは。掲示板でちょっと気になったので、ブログ「送電鉄塔の見える場所」覗いてみました。送電線に関する並々ならぬ情報量・知識には、ただ感服いたしました。
そして、1925年2月製の「南熊本人吉線」鉄塔には驚きました。大正14年の鉄塔が現存していたんですね。鉄塔建設の技術があったですね・・・。
良くぞ、捜し出して頂けた!、と拍手送りたい気持ちで一杯です。
2011年は「大正百年」の年です。それだけに、何かしらうれしくなりました。大正時代、球磨郡には「南熊本人吉線」の送電線が張られていたことになりますね。
ところで、大正時代、球磨郡内には@人吉水力電気株式会社→球磨川水力電気株式会社〈人吉町五日町〉A大野発電所〈藍田村〉B大塚発電所〈藍田村〉C白水瀧発電所〈水上村江代〉があります。ここで発電した電気は、どのような経路で送電されていたか、何か情報はございませんか。
コメント書く前、「九州電力株式会社の社史」について熊本県立図書館の蔵書検索してみました。そうしたら、10年史、20年のあゆみ、30年史、40年史、50年史と、10年毎に社史が刊行されていることが分かりました。これらには何が情報があるでしょうか。
これからは、ブログ「送電鉄塔の見える場所」に立ち寄らせて頂きます。


 
 
698
2011/04/24 07:32
たぬ猫 [] []

球磨郡内の送電線について
菖蒲和弘様

ブログも見ていただき、ありがとうございます。
人吉・球磨地区へはまだ調査に行けていないので資料だけの情報なのですが・・・昭和7年の時点では江代変電所と人吉変電所を結ぶ送電線がありました。白水滝発電所からの電気を運んでいたのではないでしょうか。今は白水滝発電所−田迎発電所−人吉変電所を繋いでいる電線路がそれだと思います。江代変電所はなくなってしまっていますね。その南側に新橋発電所というのも記載されてますがこれも現存しません。市房ダムに沈んでしまったのでしょうか・・・。その辺りの事情について何かご存知でしたら、こちらこそよろしくお願いいたします。人吉に送られた電気の一部はそこで大淀川から来た幹線に合流してさらに九州北部へ送られていたそうです。
大野発電所と大塚発電所で作られた電力については、出力がさほど大きくないことからそのまま配電線(電柱に架かっている線)に流れていたのではないかと思います。地形図で見る限り、現在も送電線(鉄塔に架かっている線)には接続されてないようですし。大塚発電所は現存する中では県内最古の発電所なので、人吉変電所などと並んでいつか必ず訪ねてみたい場所のひとつです。
球磨川電気以前の時代の事情に関しては、九州電力の社史よりも「九州地方電気事業史」「九州電気五十年史」「創立弐拾周年記念 熊本電気株式会社沿革史」「熊本電気の現況」などに記述がある可能性が高いかと。自分も未読なのではっきりとは言えませんが・・・。いずれも県立図書館に蔵書があります。九州電力、というか今の電力会社はどこも戦前の記録はほとんど持っていないらしいです。


 
 
699
2011/04/24 11:38
菖蒲和弘 [] [E-mail]

球磨郡最古は、大野発電所ではありませんか
たぬ猫さま

さつそく、ご丁寧なコメントありがとうございます。
昭和7年には、江代変電所と人吉変電所を結ぶ送電線があったとのこと。白水瀧発電所(水上村大字江代字古屋敷)は大正15年9月23日に竣工。その後、程なくして江代変電所(水上村大字江代字古屋敷)が竣工しています。
人吉変電所がいつ頃から運用開始したのか分かりませんが、昭和7年には、
白水瀧発電所〜江代変電所を経て、人吉まで送電されていたのでしょう。
新橋発電所(水上村大字江代字芝神)は、昭和2年12月8日竣工。田迎発電所(水上村大字江代字田迎)は、昭和10年3月15日に竣工しています。
これが現在の、「白水滝発電所−田迎発電所−人吉変電所を繋いでいる電線路」なのでしょうね。
新橋発電所・江代変電所は、ご推測の通り、市房ダム建設により廃業、水没しています。ダムの渇水期には新橋発電所の基礎部分が現れています。
球磨郡最古の発電所、大野発電所(藍田村大字間字大川間)は、鹿児島線矢嶽隧道内の湧水対策として、請負業者の鹿嶋組・星野鏡三郎によって開削されています。坑内排水、点燈送風のため発電所が設置されたようです。当初、鉄道院・帝国鉄道庁が管理し、大正10年には球磨川水力電気株式会社〈人吉町五日町〉に譲渡されました。そのため、「九州電力」ホームぺージでは大正10年7月9日が運用開始になっています。発電所周辺を調査すると、明治・大正期のものが発見できるかも知れませんね。
大塚発電所(藍田村大字間字留畑)は、大正2年11月22日に運用開始されています。
いずれにしましても、球磨郡の産業を解明するには「発電・送電・電気販売」のことをもっと知らなければならない、と痛感いたしました。
今後ともご教示お願いします。近いうち、ご教示頂いた参考文献をぜひ読んでみます。

〈追記〉電燈点燈記念碑なども、貴重な史資料になりますね。


 
 
701
2011/04/24 23:52
たぬ猫 [] []

情報ありがとうございます
菖蒲和弘様

大野発電所にはそんな経緯があったんですね。運用開始を明治40年10月としているサイトもあるので、どうなってるのかと思っていたのです。やっと事情が判りました。
こうしてお話を伺っていると自分の目で現地を見たいという気持ちが募ります。実物を見て初めて分かることって多いですよね。文献だけで得た知識はどこか自分のものではないような気がします。ああ、球磨に行きたい!でももう一度三池にも行きたいし小国にも行きたいし・・・どうしましょうw


 
 
706
2011/05/01 00:02
ゴン太@管理人 [] []

日吉変電所
たぬ猫様

おひさしぶりです。
日吉変電所の件、とても驚きました。古そうな建物だとは思っておりましたが、まさか大正時代のものだったとは!いつも近く(白山通り)を通るので「そのうちに見に行ってみよう」くらいで考えていました。高瀬発電所からの送電を受けていたと考えると、とても興味深いです。時代も一致ですね。

昨年から発電所にとても興味が湧いてきているところ、菖蒲さんとたぬ猫さんのやり取りもとても興味深く拝読させていただきました。菖蒲さんが書かれているように「発電・送電・電気販売」を知れば、当時の他の産業のことも色々と見えてくるでしょうね。




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